埋蔵金が眠る!?日光東照宮奥社の真実は…⑤

本殿で参拝を済ませ
最後は
家康のお墓である奥社へ。

「坂下門」へ向かえば
門の蛙股には
有名な「眠り猫」!!

こんな小さな彫刻が
なんで寄って集って見るほど
有名なんだろうって
思ったっけ。


今なら
左甚五郎なる名工の作→凄い!!

日光らしい彫刻を、との依頼に
日の光を浴びて眠る猫を彫る→洒落やったんか!

その猫は眠っているように見えて
斜めから見ると
獲物を狙っている姿→深いーーー!!

…となるのです。


あの日も
沢山の人だったけど
やっぱり変わってなかったよ笑
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ひぇっ(;・∀・)


なんとか撮影してみたけど…
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こう見えて←見えてない
気が小さいもんで
通りすがりの一瞬に撮っただけです💦


しかも
修復前に購入したガイドブックの情報では
「左斜めから見ると獲物を狙っている姿」と
あったのですが
後日
配信されたネットのニュースでは
修復直後は
薄く目を開けているように塗ったものの
私見を入れてはならないと
塗り直された、ということでした。

つ・ま・り
閉じられちゃったんだね?

面白味があっていいのに残念!


「眠り猫」の裏には雀の彫刻。
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これまた小さい。
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猫が眠っているから
安心して戯れる雀は
戦いの世が終わり
天下泰平を表しているんだとか?

「坂下門」から
奥社へ向かう参道は狭く…

石段は270段。

その一段一段は
横にある柵と同じく一枚の岩から
造られているとの表記。
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江戸時代
奥社への参道が開かれたのは
将軍の参拝時だけだったという。

現代に生まれたことに感謝しつつ…


階段が
しんどく感じられる頃に現れる
絶妙な遺訓。
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拝殿に到着ーーー🎵
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建物全体が銅板製で
さらに黒漆を塗って
落ち着いた仕上がりになっています。

反時計回りで
裏へ進むと
重圧な造りの「鋳抜門(いぬきもん)」
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さらに
鶴亀像と宝塔。
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わらべ歌に
「かごめかごめ」というのがありますが
その歌詞は
徳川家康の埋蔵金のありかを
歌っていると言われている伝説。

地質調査によると
奥社の地下一帯は
土や石以外の「何か」が
埋まっているという結果も
出ているそうで。

世界遺産だから、とか
歴史が変わるものが出るかもしれないから、
などの理由で
そのままになっているらしいのですが。

埋蔵金の伝説は
明治維新後
江戸幕府が明治新政府に
江戸城を明け渡した際
城内に財宝らしいものが
まったく無かった、
という疑問が発端となり
今に語り継がれているのです。


なんとも
ロマンのある話ではないですか!

あえて
そこで踏みとどまる。

分からないままにして
想像を膨らませておく。

世の中には
知ってはいけないことも
あるのでしょうね。


さて
鶴亀像の
後ろに見えている
「叶杉(かのうすぎ)」も
見所となっています。

樹齢600年程で
願いを叶えてくれるという
東照宮の御神木。
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最後は
「眠り猫」のおみくじを
ひいてきましたv(・∀・*)
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結果は小吉🎵


お土産も買ってみましたよ。
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石田屋の「日光甚五郎煎餅」。

バターオイルで焼いた塩味のおせんべいで
マスヤのピケエイトを薄味にした感じでした。


湯葉とか漬物もいいけど
そういったものは
現地での食事でいただきましたので( 〃▽〃)

買って帰って食べると
そんなに美味しくなくなってる謎(笑)

それと
「日光カステラ」も有名らしく?
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金箔を散らした豪華なもので
しっかりそれぞれの味が楽しめました。


弾丸旅は以上になります。

お付き合いいただき
ありがとうございました。