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現存最古の【旧開智学校】木造擬洋風建築は文明開化の香り!?【松本まるごと博物館】

雪の残る北アルプスを望む

標高およそ500mに位置する信州松本。

 

長野市に次ぐ都市は

国宝・松本城を中心に広がっています。

 

松本市には

市全体が屋根のない博物館という構想で

「松本まるごと博物館略称まる博」と称して

東は美ヶ原から西は槍ヶ岳まで

さまざまな博物館、美術館施設があるのです。

 

その1つに「旧開智学校」という

明治時代の小学校が残っています。

 

江戸時代の松本藩校・崇教館を引き継いだ「筑摩県学」をもとに

国民皆学、近代的な教育を受けるための「学制」が敷かれた翌年

1873明治6年に開智学校は開校されました。

 

当初は廃寺となった全久院の建物を利用していたものの

近代化の波に乗り明治9年に完成の現存校舎へ移行したのでした。

 

そうして1961昭和36年には重要文化財の指定をうけ

昭和38年3月までの約90年間

小学校校舎としての役目を終え

もとは市内・女鳥羽川に架かる「千歳橋」近くにあったのを

河川改修工事のため現在地に移築し

「教育博物館」として昭和40年に開館しています。

Google マップ

日本最古の小学校校舎の1つである「旧開智学校」は文明開化政策として

当時の筑摩県参事知事・永山盛輝もりてるが計画

松本の大工棟梁・立石清重せいじゅうが設計施工したもので

建設費用は1万1千円余と巨額なものであったといいます。

 

そのうち7割を松本町全住民からの寄付金で賄えたのは

住民の学校への関心と期待が高かったためといえるでしょう。

 

現存校舎は立石清重が

東京や横浜などで西洋建築を見て

開成学校(現・東京大学)などを参考に建築されました。

左右対称のようで非対称です。

左側の窓枠は6つ、右側は5つなのでバランスよく撮るなら右側から?

 

現存校舎のほか30余室の教室棟もあったという大規模な校舎で

児童収容数は1300人程度っだったそうですが

明治20年には2484名と開校以来の生徒数であったという記録もあります。

300円の観覧券を入口でチェックされ中へ入ります。

小さな机と椅子が並べられていますが松本少年刑務所の作品だそう。

エイジング効果ばっちりですね。

塔屋は普段は入ることができないのですが

毎年9月21日の「松本市博物館の日」には人数制限付きで入れるそう。

同日には鐘の音も聞けるタイミングもあるようです。

 

外観は

塔屋上の風見には漢字の東西南北

瓦屋根や破風などを用いる和風の造りと

バルコニーと塔屋に洋風らしさが表れた和洋折衷。

さらに細部は

破風の下の和風な顔立ちの天使が2人「開智学校」という文字を掲げ

軒下には竜の彫刻という縁起の良いものも和洋折衷。

 

廊下を走ってはいけません、なんて言われたりしたっけ…

授業としては

読本課、算術課、習字課、県内唯一の英字課があったとか。

 

旧開智学校で保存している教育資料は

江戸時代のものをはじめ

教科書は明治から昭和で使用されたもの

日誌や卒業証書、生徒作品など10万点に及び

質と量ともに日本一を誇るものだそう。

 

「桟唐戸さんからど(扉)」には木彫の龍。

このような彫刻の付いた桟唐戸は全8面。

舶来物の色ガラスやシャンデリアなど豪華な造りの教室。

外観も内装もお洒落な明治の小学校は

教育熱心といわれる長野県の風土と県民性を伝える証として

教育博物館として生まれ変わっていたのでした。

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