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桜が似合う!【会津武家屋敷】幕末・会津藩の忠臣【西郷頼母邸】【戊辰戦争】での悲しい実話

日本的な風景には

雪も良いけど桜も良いですよね。

 

券売所の冠木門をくぐれば現れるこの景観。

ここからが

江戸時代ってこんなふうだったのか、という世界に浸れるところ^^

 

「歴史感動ミュージアム 会津武家屋敷」は

復元した会津藩家老・西郷頼母たのも邸を中心に

中畑陣屋や茶室、資料館などから成るもので

往時の上級武士の暮らしを再現した空間となっています。

Google マップ

 

案内ルートではまず正面左奥へ。

 

瓦葺の表門から始まるのは家老屋敷「西郷頼母邸」。

鶴ヶ城(会津若松城)の北側、追手通りにあったものが移築されています。

西郷家は

会津藩祖・保科正之の分家であり

会津藩・松平家の家老を代々務めた家柄でもあります。

 

初代の家老・西郷近房から200余年

9代目・西郷頼母(1830-1903)

幕末の藩主・松平容保かたもり京都守護職就任を

政局に巻き込まれるからと辞退するよう進言したため

家老職を一時期解雇されたり

戊辰戦争がはじまり復職するも

 新政府軍に抵抗することの愚かさを説き

一貫して恭順を勧めた人。

 

新政府軍は

それまで新選組を配下に

倒幕側の人々を取り締まっていた京都守護職の容保を許さず

鳥羽伏見の戦いから始まった戊辰戦争が

いよいよ鶴ヶ城下に迫る中も

頼母だけは恭順をくりかえし提唱

会津藩士の多くは抗戦を主張し籠城

頼母は命も狙われる身となり城を後にするのです。

 

鶴ヶ城籠城のいっぽうで

西郷邸内に残された頼母の妻はじめ娘ら婦女子21名は

籠城の足手まといになってはならぬと

ことごとく自害しています。

 

直後に

西郷邸に侵入した土佐藩士・中島信行(否定あり)

死にきれずに苦しんでいる娘を発見。

 

娘が中島に「敵か味方か」と聞かれた際に

不憫に思った中島は「味方」と答えると

娘から介錯(切腹の手助け)を頼まれ

「御免」と首を切り捨てたというのが

戊辰戦争の悲話の1つとして今に語り継がれているところ。

 

現代の人ではピンと来ないかもしれませんが

敵の手に落ちて恥辱を受けるわけにはいかない

籠城する藩士たちが後ろ髪を引かれることのないようにと

会津藩士の家族の中には

西郷一族と同じように自害したのは

女性だけでも233名にも及ぶそう。

 

会津藩を守り通した武家の誇りを感じます泣

 

五稜郭の戦いでも降伏を説いた頼母は

新政府軍によって国内統一されたのち許され

日光東照宮の宮司となった主君である松平容保のもとで

自身は禰宜を務めるなど数奇な運命をたどり

明治36年、74歳で亡くなっています。

 

表玄関である「式台玄関」で出迎える女性の蝋人形。入室はできず外からの見学になります

家禄1700石の家老屋敷は全38室

家紋は鷹の羽ですが

保科家の九曜紋を鬼瓦などにあしらうのは

許された特権だったようです。

 

案内板にも九曜紋↓

↓案内板上部です。

…九曜紋の例えが他に無かったのかって?^^;

 

茶室の釘隠しが扇形の陶製なのは

湯気で銅が錆びると緑青ろくじょうという毒物が発生するのを避けるためとは!

手の込んだ螺鈿の書棚など当時の家具が置かれていたり…

間取りはこのようになっています↓

黄色い部分の来客用以外が日常生活ゾーンで

密集しすぎないように中庭も設けられていたり

玄関から遠いところに家族の生活の場を置いたりと

さすがは上級武士。

 

緊急時

「槍の間」では畳の縁で転ばないように

出入りする襖のところからは「通り畳」という畳の置き方になっています。

以下、居室空間。

家老の寝室に使われた「奥一の間」

お風呂はかまどで沸かしたお湯を桶で運んで火災予防。

世継ぎの長男は床の間をしつらえた部屋を

「子供部屋」として与えていた模様。

女中の仕事場である「土間」も広々。

下級の家臣を住み込みで警備にあたらせた「片長屋」。

併設されている「会津歴史資料館」は

武器や家財道具を保管していた蔵で入場料850円に含まれます。

入口にはあの女優さんのパネル写真が♡ 

ドラマで会津と縁が結ばれた方ですよね^^

 

「藩米精米所」

白川藩が使っていたものを移築したもので

東北屈指の精米所であったという。

16個の石臼は今も水の重みだけで動いており

当時は1日16俵を精米していたそう。

 

身内の利用に限られたであろう「奥玄関」も立派です。

なんと!

ここから鶴ヶ城が見えるのです。

スマホカメラの限界を感じる…^^;

 

家老屋敷の次の「旧中畑陣屋」は

入場して最初に目に入った建物でした。

茶室は千利休の子・少庵のもので

鶴ヶ城本丸内にあったもの。

お侍さん出てこないかな?(´艸`*)

園内の「会津天満宮」は

学問に通じた西郷頼母が自邸に菅原道真を祀り信仰していたもの。

ということで

ここでは孤高奮戦した西郷頼母に思いを馳せつつ

はかなげな桜がとても綺麗に映ったのでした。

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