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【白虎隊】も育てた【會津藩校日新館】で会津の【什】教育の精神に触れてみる

江戸時代

会津藩5代・松平容頌かたのぶから七代・容衆かたひろまで

20年余にわたり藩政を支えてきた田中玄宰はるなか

東北史上最悪であった天明の飢饉への対処や

会津漆器、本郷焼など産業の振興にも

手腕を発揮した名家老でありました。

 

「教育は百年の計にして会津藩の興隆は人材の養成にあり」と

藩士の子弟を教育する目的で「日新館」という藩校も設立しています。

 

当時

全国に300あった藩校の中でも

その教育水準の高さと規模は隋一で

水戸の弘道館、薩摩の造士館とともに

天下の三館といわれたほど。

 

会津藩の御用商人・須田新九郎による

建築費用の大半の寄付と

5年の歳月をかけて1803年に

鶴ヶ城(会津若松城)の西隣に完成したのでした。

 

戊辰戦争1868年の際に焼失してしまい

今は天文台の石垣が残るのみですが

7200坪の広大な学び舎には

水練場プールまで設けられていたほど。

 

図面などの資料が残っていたことから

河東町かわひがしまちに復元したのが

「曾津藩校日新館」で

当時のままに建てられた藩校は

映画やドラマのロケなどにも使われるなど

観光博物館、研修、合宿の場として提供されています。

 

「苟まことに日も新たならば日に日に新たに又日に新たにせん」

という漢文が名の由来で

藩祖・保科正之の遺訓をもとにした教育内容は

多岐にわたるもので

飯盛山で自刃した白虎隊も

ここで文武の両教科と

「ならぬものはならぬ」の精神を学んだほか

新島八重の兄・山本覚馬など

多くの優秀な人材を輩出しています。

 

無料の駐車場を利用して坂を上り

「南門(入口)」にて620円のチケット購入♪

 

正面が時を知らせる太鼓を置いた「戟門げきもん」です。

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一直線上に儒教の祖・孔子を祀る「大成殿」がありますが

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その前に左の映写室で7分間の映像による

日新館の予備知識を入れることになっています。

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また

東塾(後から進む西塾も)

論語を中心とした漢文を読む素読所(小学)で

食事も学びのひとつとなっていて

脳の機能を向上させる麦飯に

みそ汁、大根の煮物などを主に食していたとか

礼儀作法ではお椀の配膳から

切腹の作法まで(!)教えられ

長い廊下を歩いた先の「大学」は

研究や討論が主な授業内容となりますが

素読所を修了し大学でも優秀なら

江戸や他藩への遊学制度もあったそう。

 

什の掟や歴代の会津藩主の紹介なども。

 

会津藩子弟は10歳になると日新館へ入学して

朱子学を中心にのちに蘭学も取り入れられ

武道を学びながら心身の鍛錬に努めますが

入学以前の6歳ごろからすでに日新館教育は始まっています。

 

近隣の遊び仲間10人をひと組として

遊びとお話をする決まりになっていて

お話とは日々の反省会であり

会津の武士の子はこうあるものだという

約束をする場でもあったのです。

  • 年上の人のことに背いてはなりませぬ
  • 年上の人にはお辞儀をしなければなりませぬ
  • うそを言うことはなりませぬ
  • 卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
  • 弱いものをいじめてはなりませぬ
  • 戸外で物を食べてはなりませぬ
  • 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

といったようなお話の最後に

決まって「ならぬことはならぬものです」という言葉で

締めくくっていました。

 

これが日新館に入学するとより具体的になります。

どれも大切でカットできず長文のままの引用ですが…

一、毎朝、早く起きて顔や手を洗い、歯を磨き、髪の毛を整え、衣服を正しく着て、父母に朝のご挨拶をしなさい。そして、年齢に応じて部屋の掃除をし、いつお客様がお出でになってもよいようにしなさい。
二、父母や目上の方へ食事の世話、それからお茶や煙草の準備をしてあげなさい。父母が揃って食事をする時は、両親が箸を取らないうちは子供が先に食事をしてはいけません。理由があって、どうしても早く食べなければならない時は、その理由を言って許しを得てから食事をしなさい。
三、父母が家の玄関を出入りなさったり、あるいは目上の方がお客様として玄関にみえられた時、お帰りになる時は、送り迎えをしなければいけません。
四、外出するときは、父母に行き先を告げ、家に帰ったならば只今戻りましたと、挨拶をしなさい。すべて何事もまず父母にお伺いをし、自分勝手なことをすることは許されません。
五、父母、目上の方と話をする場合は、立ちながらものを言ったり、聞いたりしてはなりません。また、いくら寒いからといって自分のふところの中に手を入れたり、暑いからといって扇を使ったり、衣服を脱いだり、衣服の裾をたぐり上げたり、そのほか汚れたものを父母の目につく所に置くようなことをしてはいけません。
六、父母、目上の方々から用事を言いつけられた時は、つつしんでその用件をうけたまわり、そのことを怠らないでやりなさい。自分を呼んでおられる時は、速やかに返事をしてかけつけなさい。どのようなことがあっても、その命令に背いたり、親を親とも思わないような返事をしてはいけません。
七、父母が寒さを心配して、衣服を着るようにおすすめになったら、自分では寒くないと思っても衣服を身につけなさい。なお、新たに衣服を用意してくださった時は、自分では気に入らないと思っても、つつしんでいただきなさい。
八、父母が常におられる畳の上には、ほんのちょっとしたことでも上がってはいけません。また、道の真ん中は偉い人が通るところですから、子どもは道の端を歩きなさい。そして、門の敷居は踏んではいけないし、中央を通ってもいけません。ましてや、藩主や家老がお通りになる門はなおさらのことです。
九、先生または父母と付き合いがある人と途中で出会った時は、道の端に控えて礼をしなさい。決して軽々しく行き先などを聞いてはいけません。もし、一緒に歩かなければならない時は、後ろについて歩きなさい。
十、他人の悪口を言ったり、他人を理由もないのに笑ったりしてはいけません。あるいはふざけて高い所に登ったり、川や池の水の深い所で危険なことをして遊んではいけません。
十一、すべて、まず学ぶことから始めなさい。そして、学習に際しては姿勢を正し、素直な気持ちになり、相手を心から尊敬して教わりなさい。
十二、服装や姿かたちというものは、その人となりを示すものであるから、武士であるか、町人であるかがすぐわかるように、武士は武士らしく衣服を正しく整えなさい。決して他人から非難されるようなことのないようにしなさい。もちろん、どのように親しい間柄であっても、言葉づかいを崩してはいけません。また、他の藩の人たちに通じないような、下品な言葉づかいをしてはいけません。
十三、自分が人に贈り物をする時でも、父がよろしく申しておりました、と言いそえ、また、贈り物をいただいた場合は、丁寧にお礼を述べながら父母もさぞかし喜びますと言いそえるようにしなければなりません。すべてに対して父母をまず表に立てて、子が勝手に処理するのではないことを、相手にわかってもらえるようにしなければなりません。
十四、もしも、父母の手伝いをする時は、少しでも力を出すのを惜しんではいけません。まめに働きなさい。
十五、身分の高い人や目上の人が来た場合には、席を立って出迎え、帰る時も見送りをしなければなりません。それにお客様の前では、身分の低い人はもとより、犬猫にいたるまで決してしかり飛ばしてはいけません。また、目上の人の前で、ものを吐いたり、しゃっくりやげっぷ、くしゃみやあくび、わき見、背伸び、物に寄りかかるなど、失礼な態度に見えるような仕草をしてはいけません。
十六、年上の人から何かを聞かれたならば、自分から先に答えないで、その場におられる方を見回して、どなたか適当な方がお出でになっていたら、その方に答えてもらいなさい。自分から先に、知ったかぶりをして答えてはいけません。
十七、みんなで集まってわいわいお酒を飲んだり、仕事もしないで、女の人と遊ぶいかがわしい場所に出かけるのを楽しみにしてはいけません。特に男子は、年が若い頃は女子と二人だけで遊びたい本能をおさえることは、なかなか難しいとされています。だからといってそのような遊びを経験し、癖ともなれば、それこそ一生を誤り、大変不名誉な人生を送ることになりかねません。だから、幼い頃から男と女の区別をしっかりし、女子と遊ぶ話などしないことが大切です。あるいは、下品な言葉を発して回りの人を笑わせたり、軽はずみな行いをしてはいけません。なお、喧嘩は自分で我慢ができないから起こるものであって、何事も辛抱強く我慢して喧嘩をしないように、いつも心掛けなさい。

読めば背筋がシャンとなりますね。これは立派な武士に育ちますわ

ほか

坐禅や茶道、赤ベこなどの絵付け体験や

予約不要の弓道体験もできます。

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「水練水馬池」は周囲153m。

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平泳ぎや鎧兜を付けたままの訓練も。

 

「天文台」があるのも天下の三館だけ。

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冬至に観測して暦をつくったとあります。

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会津磐梯山♪

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天文台から日新館全景を見下ろす。

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「砲術場」では大砲、小銃の訓練をします。

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ここでは

現代の人には縁遠いかもしれない武士道をベースに

人としての在り方に気付かされるようです。

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女性といえども潔い最期を迎えた西郷邸の人々や

忠義を尽くした誇り高き白虎隊など

ここへ来ればすべて納得できるのです。


なお

かつて存在した「猪苗代日新館」と

混同している人もあるようで、念のため。

ちなみに創立者は小林栄氏で野口英世博士の恩師です。

よければこちらも

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