おうちご飯と ときどき旅と

気になることだけを気にしてたところまで取り上げました

【汽車道】から横浜新港の象徴【赤レンガ倉庫】【象の鼻パーク】までをただ歩く

「横浜ランドマークタワー」と「日本丸」を背に

「汽車道」をたどってみます。

 

「横浜ランドマークタワー」から見下ろすと

運河の上に架かっていたのが「汽車道」で

細い筋になって伸びるさまは放っておけなくて^^

なんだか歩いてみたくなるのです。

 「新港」へと続く汽車道は

1911明治44年に桜木町駅(旧横浜駅)と新港ふ頭を経由して

横浜税関を結ぶ臨港鉄道として敷設されたもの。

 

貨物線は1986昭和61年に廃線となるも

YES’89横浜博では旅客列車が走り多くの入場者を輸送しました。

 

それまでの横浜の中心部は

横浜駅周辺と関内地区が

三菱重工や赤レンガ倉庫などがある

臨港地区によって二分されていたのですが再開発を行い

「みなとみらい21」地区を中心とした

まとまりのある大きな街となりました。

 

1997平成9年には臨港線の一部を「開港の道」と称して

桜木駅から新港、山下公園を経て「港の見える丘公園」まで

横浜市の歴史をたどる散策路が整備されています。

 

「開港の道」は

新港までのおよそ500mの間は

2つの人工島を抜けるため3つの橋があり

いずれも産業遺産として価値の高いものだそう。

 

これは3つのうちの2番目の橋で

1番目の橋と共に1907明治40年アメリカ製のもの。

橋の向こう横浜税関は

まるでモスクのような青緑色のドーム屋根。

1934昭和9年に建てられて以来「クイーン」の愛称で親しまれ

「キング」と呼ばれる神奈川県庁本庁舎と

「ジャック」の横浜市開港記念館とともに横浜三塔とされます。

クイーンの塔の高さは三塔の中では最高の51mで

高さもさながら気位も高そうな品位ある外観。

 

ちなみに三塔すべてが一望できるところは…

「象の鼻堤防」のどこかにあります^^

 

3番目の橋はイギリス製で夕張にあったものを使用しており

他の2本と比べると背の低いトラス橋となっています。

残されたままの線路は

訪れる人々を過ぎ去った時代へいざなうかのようです。

 

 

そして新港内の赤レンガパーク。

まだまだ続く線路跡♪

臨港線は新港の各施設を経由していた模様。

 

この時点では気付いてなかったのですが

赤レンガ倉庫の隣には

旧税関事務所遺構があるのです。

Google マップ

3階建てゴシック様式の事務所は

大正3年に関東大震災で被災

そのまま復旧されず埋もれていたのを

パーク整備の際に発見され花壇となっているとのこと。

 

崩れたままのレンガと写真プレートがあるようで

近くまで行ってたのに見落としてました^^;

 

明治末に2号館、大正期に1号館と建設された赤レンガは

今でこそイベントやショッピングなどが楽しめるところですが

保税倉庫であったころは「ハマの赤レンガ」と呼び知られ

耐震耐火構造の模範倉庫として明治政府によって建設されたもの。

 

1号館は関東大震災で一部が崩れてしまい

三分の二ほどの大きさとなっています。

 

「横浜税関新港埠頭倉庫」が正式名称で

輸入された貨物に対し輸入税を

一時保留にしたまま保管する倉庫として活用されていました。

ところで

1859安政6年に開国された日本は

英、米、仏、蘭、露の5か国に

横浜、函館、長崎の3港での自由貿易を許可しましたが

中でも最も取引が多かった港というのが

江戸幕府に1番近かった横浜港でした。

 

綿織物や毛織物、食料品にたばこ

軍事用の武器などを輸入し

お茶や生糸を輸出する…


赤レンガ倉庫には

出入口の鉄の扉や1号館に残る日本最古の荷役用エレベーターなど

当時を物語るものもいくつか。


戦前まで物流の拠点となっていたものの

時の移り変わりとともに貨物がコンテナ化されると

他の埠頭が使用されるようになり

1989平成元年には完全に役割を終えたのでした。

 

さて輸出品の1つであった生糸。

 

当時は日本が外貨を獲得するための重要な商品で

富岡など官営の製糸工場が設立されたほどでした。

 

山梨や東京あたりでも生産され

集散地である八王子市と横浜を結ぶ道は

「絹の道」とよばれますが

やはり主力は群馬産で

利根川を経由して水路で横浜港へ輸送しています。

 

横浜港周辺には「シルク博物館」や

生糸を輸出する際の梱包などを紹介する「日本郵船氷川丸」

「富岡製糸工場」を

一時期所有していたという原三渓 は「三渓園」を造園していたり…

 

貿易取引を円滑に行うために設立された銀行もまた

横浜の銀行が群馬県内に置かれていたり

群馬県出身者が横浜で銀行を設立するなど

生糸にゆかりがあるものも多く

群馬県と横浜は

生糸でつながっていたといってもよいほどでした。

旧税関と輸入品を収納する倉庫のあった新港をあとにして

横浜港発祥の地「象の鼻パーク」へ。 

象のオブジェが点在する愛くるしい公園ですが

強風と高波を防ぎ荷役作業の効率を上げるため

突端を象の鼻のように

うねりを持たせた堤防を設けたのが名の由来だそう。

堤防を突端まで歩いて「横浜三塔」を写真に収めたのですが

ボツとなりました^^;自身の腕の無さよ

 

5年前ですが群馬県富岡製糸工場の記事になります↓

www.by-a-story.xyz

 

           …続く