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近代日本発祥の地【仙厳園】での絢爛豪華な島津家の暮らしを知る!家紋とヴィトンと…?

鹿児島港から車で10分。
島津家別邸「仙巌園」と
世界文化遺産「尚古集成館」へ。
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そもそも島津氏とは
筆者の暮らす地からは縁遠い地の武将で
加賀藩前田家に次ぐ大藩…という
認識程度でした、恥ずかしながら。近い人でも知らんけど

なのでまずは
島津家のことをさくっと触れておきたいと思います。

檀ノ浦に勝利した源頼朝から
島津の荘(現宮崎県都城市郡元あたり)の地頭職に
さらには
薩摩、大隅、日向3か国の守護職を与えられた
惟宗忠久これむねのただひさ
島津を名乗ったことにはじまり
鎌倉時代から幕末まで700年
南九州を治めてきました。

関ヶ原では島津義弘が西軍に加担するも
島津家は薩摩一国を安堵され薩摩藩が成立。

薩摩藩初代・島津忠恒(家久)から数えると
12代270年で明治維新を迎えています。

現在
当主は32代目となり
大正時代から続く「株式会社島津興業」など
多岐にわたり事業を展開
かつ
上皇さまとは はとこ
細川護煕氏、近衛忠輝氏らと いとこ
という庶民からは桁外れた高貴な家柄という…

島津家のおこりについて触れるはずが
令和にまで至ってしまいましたが^^;


「仙巌園」は
1658年19代光久の築いた別邸は
桜島を築山に、錦江湾を池に見立ててある
壮大な大名庭園で
海外交易の拠点であった歴史の背景から
中国や琉球の影響を強く受けている庭園です。

また
庭園内の御殿は
江戸時代は別邸として
明治には一時本邸として使われたもので
屋久杉から作られた藩主の部屋は
調度品が置かれ
優雅な暮らしぶりが偲ばれます。

隣接する「尚古集成館」は
まず
島津氏の治める薩摩の国は
鎖国のただ中において
琉球王国を支配下に置き
琉球を通じて幕府公認で
中国と交易を結んできたところで
海外の情報や物資が
最先端に届く地でありました。

その反面
他のどの地域よりも早く
西欧列強の外圧にもさらされることとなります。

幕末
欧米各国が開国と通商を求めてやって来ると
それに対抗できる国づくりをと
28代斉彬は富国強兵、殖産興業を掲げ
製鉄や紡績、ガラス製造といった
近代化、工業化に取り組むため
「集成館事業 」を興すのです。

19世紀の非西洋地域において
日本だけが
短期間に近代化、工業化に成功していることが
高く評価されて
2015年には世界文化遺産に登録されています。

前置きが本当に長くなりましたが^^;

正面入口から右へ進み売店などを横目に
やっと!どんだけ広いのさ?
今は使用されていない正門から。
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島津家の家紋・丸十紋がちゃんと。

緩やかな坂の先には
薩摩の特産の錫で葺いた屋根瓦の錫門を…
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当時は藩主とその長男しか
通ることを許されなかったとのことで
有り難くくぐります。
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履き物を袋に入れてお邪魔しまーす。

人目を引く大きな美しい壺は複製ですが
島津家がロシア皇帝に贈った
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鹿児島を代表する薩摩焼。

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日本人による日本人を撮影した
最古の銀板写真は尚古集成館に現存。

中庭の池の中には
中国の風水を思わせる八角形のくぼみ。
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日本建築にみられる
伝統的な装飾具である釘隠は全11種類。
これはお茶の花
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福を呼ぶとされるコウモリなど
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1度にたくさんの人と会えるように
二間続きで
廊下まで畳敷きな謁見の間は
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薩摩切子のグラスが置かれたテーブルを照らす
シャンデリアのガラスには丸十の紋様が…
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金屏風のある御居間で
主は1日の大半を過ごすのだ。
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丸十の机で書類を開いたり
昼食を摂ったりしてな。
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良い眺めじゃ♡
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身だしなみを整えつつ
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丸十を確認するのが楽しみでな。

1日の疲れを癒して…
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今日もよく働いたわい。
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床の下には
もみ殻を敷き詰めた層を作ってあるぞ、断熱じゃ。


調度品を見て
つくづく思ったのは
丸十だらけで
ルイ・ヴィトンに似てるなーってこと。

1867年パリ万博に
徳川家と薩摩藩が参加したあたりから
フランスでは日本ブームがおこり
ルイ・ヴィトンは
日本の家紋にヒントを得て
丸に花や星が規則正しく並ぶ模様でお馴染みの
モノグラムラインを考案したとか。

特に島津家の家紋がモチーフに
なっているとかいないとか
いろいろ推察されていますが
丸十を参考にしたという記述は
どこにもないそう。

同じ頃
島津斉彬は
ルイ・ヴィトンのカバンを手に入れているそうで
日本人としては初だそう。

島津が先かヴィトンが先か?
卵が先か鶏が先か?

ただ
ルイ・ヴィトンの、というよりは
舶来のカバンとして
入手したんでしょうけどね。


     ひとまずここまで