ほぼ旅かなり旅ぜんぶ旅手帳

気になることだけを気にしてたところまで取り上げました

神への奉醸【酒造免許】を持つ【伊勢神宮】と御料酒【白鷹】と酒米【山田錦】

いろいろな神様がいらっしゃる内宮の森は

「清浄」という言葉がぴったりで

深呼吸をすれば

なんだか自分自身も浄化されていくような・・・

そんな気がしました。

 

神苑には

たくさんの酒樽が納められていました。

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秋になると奉納され

風物詩のようにとらえていましたが

2月になってもまだご披露されていたので

神宮のお酒のことを調べてみました。

 

毎年10月1日は「日本酒の日」ということと

神宮の神嘗祭などに供えるお酒の醸造の無事を祈る

「御酒殿祭みさかどのさい」に合わせて

毎年県内複数の酒蔵が

美味しいお酒ができるようにと

繁忙期の無事を願って奉納しています。

 

四斗樽を菰こもで巻いた菰樽は

翌年1月末まで飾られる、とのことで

朔日には下げるつもりだったのでしょう。

 

神様には

神様専用の田んぼである「神宮神田」で収穫した米から

自然の恵みへの感謝を込めて

神宮の神職が直々に

白酒しろき、黒酒くろき、醴酒れいしゅを作ります。

 

明治時代までは

奉納する食物、食器、着物なども

神職らが世襲制で賄っていたのです。

 

現在は世襲制ではありませんが

それでも自給自足です。

 

「御神酒のあがらぬ神はない」というように

神様とお酒は昔から深い繋がりがあり

とても大切なことなのです。

 

醸造方法は

神宮の職員約600人のうち

数名しか知らないのだといいます。

 

白酒は

蒸し米に米麹と水を一度に仕込む

どぶろくと同じ製法で

仕込みから12日で熟成し

漉せば白く濁った酒になり

黒酒は

秘伝の植物の灰を白酒に混ぜて醸造。

 

醴酒は

「一夜酒ひとよざけ、いちやざけ」ともいわれ

年間1500回余の祭事のたびに

古式どおりに奉醸されます。

 

ほか

本来お供えするのは清酒きよざけというものですが

現在

清酒せいしゅとして灘の「白鷹」から献納されており

感謝の大きさを表す4種もの酒を供えるのは

神宮だけのこと。

 

「きよざけ」と「せいしゅ」の違いを

調べてみたのですが分かりませんでした^^;

 

神宮は酒類の製造免許を持っており

伊勢市の税務署に届けています。

 

ちなみに

酒造免許を認可されている神社は

ほか

島根県の出雲大社と佐香さか神社(松尾神社)

千葉県の莫越山なこしやま神社

山口県の岡崎八幡宮

と非常に少ないです。

 

神宮で最も重要な祭事は

10月の米の収穫を感謝する神嘗祭と

国家の安泰を祈る6月と12月の月次祭で

祭事に合わせて酒を仕込むため

その月の初めに

内宮にある酒の神様を祀る御酒殿で

麗しいお酒になるようにと祈り

神様の台所である内宮の忌火屋殿で

白衣に白袴の神職が酒を醸すのです。

 

外宮の忌火屋殿は日常の台所ですが

内宮の忌火屋殿は特別な時のための台所になります。

 

ところで

神様に日々お供えされるお酒は

「白鷹」という銘柄で西宮で作られたものです。

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なぜ三重のお酒でないのか?

三重のお酒は美味しくないのか?そんなはずはない

と疑問でした。

 

1924大正13

御料酒を決める際に

全国3000余りの蔵元から

白鷹が選ばれています。

 

まず

白鷹のお米は山田錦を使用していますが

これは

兵庫の田中新三郎という人が伊勢参りの際

ひときわ優れた稲を持ち帰り

白鷹初代当主・辰馬悦蔵が

品種改良を奨励するなどして

伊勢の(宇治)山田から持ち帰ったので

「山田錦」となりました。諸説あり

 

いっぽう

伊勢の御師・中田正朔せいさくという人は

神宮の禰宜から皇學館の初代館長を務めましたが

1893明治26年に

廣田神社の宮司として西宮へ行き

白鷹を気に入り

白鷹初代当主・辰馬悦蔵と懇意となりました。

 

やがて正朔は伊勢に戻り酒屋をはじめると

三重での白鷹の取扱いを引き受け

自身が神宮の禰宜であったことと

三重にゆかりのある山田錦を使用した

美味しいお酒ということから

御料酒に選ばれたのではないかと考えられます。諸説あり

 

ということで

菰樽から神宮にまつわるお酒のいろいろを

知ることができたのでした^^