ほぼ旅かなり旅ぜんぶ旅手帳

気になることだけを気にしてたところまで取り上げました

雪まみれ!【新発田城址公園】は冬季閉鎖!お堀の外から【新発田城】を見てきた!!

あの日

白壁兵舎史料館だけでなく

新発田城も見に行くと告げていれば

タクシーの運転手さんから

助言をいただけたかもしれません。

 

新発田城は

冬季(12月~3月)閉鎖しているのですから。

 

そんなことも知らずに白壁兵舎史料館の2階窓から

見たことのない景色を喜んで…^^

復元された三階櫓かぁ^^

史料館を出たら

少しでも近付けるように

新発田城址公園を歩きに行こう、と思っていたのです。

 

お城に関する事柄を白壁兵舎で見て

あとで照らし合わせようとも考えていました。

 

ただ史料館での新発田城の紹介は

少し物足りない気がしたので

自分なりに調べたことも簡単に記しておきます。

 

築城時期は正確には不明としつつも

鎌倉時代1185-1833初期から。

 

新発田氏が代々

越後の国の守護・上杉家に仕え

新発田城を本拠に

現在の新潟市や三条市あたり一帯を支配していたようです。

 

上杉謙信の頃には

新発田長敦ながあつが家督を継いでいたものの

長敦は1580天正8年に急死。

 

弟の五十公野いじみの治長が新発田重家と名乗り

川中島の戦いや小田原征伐にも上杉方として参戦しています。

 

上杉家は景勝の代となり

景勝に不満を持った新発田重家は

会津の蘆名盛隆や米沢の伊達輝宗を後ろ盾に反逆。

 

これに対し

上杉景勝は上洛して羽柴秀吉に従い

大きな力添えを得ることに。

 

新発田重家は

蘆名、伊達当主が亡くなったことで劣勢となるも

最後まで上杉方に抵抗し自害しています。

 

新発田家に代わって溝口秀勝が

秀吉の命により6万石で入城。

 

関ケ原の戦いでは東軍に付き

徳川家康からは新発田藩初代藩主として

領地そのままに安堵されています。

 

教科書での歴史は

大まかな流れと結論を学んだ程度だったけど

いろいろな人物の思惑が見え隠れして

それが利用し利用されて

大きな渦になっていった経緯を知ると

細かな出来事も見過ごせませんね。

↑新発田家の四ツ目紋(左)と

溝口家の関ヶ原での五階菱の紋(中央)と

溝口秀勝入城時のなずな菱の紋(右)

 

また

新発田城が現在の形になったのは

溝口氏のころから。

 

北を流れる加治川の水をお堀に取り込み

本丸御殿など藩政機能を置いた本丸と

その北に古丸、南に二の丸、その南に三の丸の曲輪

11棟の櫓と5棟の門を備えた平城というタイプ。

本丸の北西にある三階櫓は

外様である溝口家が幕府へ気を配り

天守閣とは呼ばないものの

新発田藩の象徴であり事実上の天守でした。

 

本丸への橋は南北に2本あり

南側は当時は木橋で緊急時に切り落とせるものでした。

木橋まで侵入できたとしても

橋を落とされ足止めとなれば

あちらこちらから狙われるのでしょう。

 

江戸時代には2度の火災に遭ったものの

建物は都度再建され

1873明治6年の廃城まで存続していたようです↓

現在の様子は↓

本丸表門と旧二の丸隅櫓は国重文

石垣やお堀に江戸時代が偲ばれ

2004平成16年には

三階櫓と辰巳櫓を資料をもとに木造で復元。

 

白壁兵舎の移築前の場所や

二の丸を囲むお堀は道路になっていること

本丸を囲むお堀も半分になり

明治時代の軍事施設を引き継いで駐屯地になっていること

…などが読み取れます。

 

さて

白壁兵舎でお土産を買い

売店のかたと新発田城の話題となった際

受け入れがたい現実を知ってしまいました…

 

「新発田城は春まで閉鎖しています」

 

え?三階櫓が入れないのは知ってましたけど

お城跡が?一歩も入れないんですか?

 

三階櫓が平常でも内部公開されないのは

駐屯地内であることのほか

危険物が近くにあるためらしいということや

復元櫓などがある公園は4月になれば無料開放されるので

「ぜひ桜の時期に来てください」とのことでした。

 

雪国の都合を全く考慮していなかった…

 

白壁兵舎を出たあと

そのまま帰るのは惜しいので

お城の周りを歩いてみました。

 

氷が張ったお堀の向こうに

国重文・二の丸隅櫓↓

石垣は死角を無くすため折り曲げてありますね^^

時代を経て進化した切り込みはぎ積です。

 

道ができてる^^

三階櫓に

なるべく近付けるように雪道を歩くと…↓

これ以上近づけないのか^^;

日本100名城の1つであり

新潟県内では唯一の城郭建築。

 

菖蒲あやめ城の別名があり

一帯は湿地帯のなごりで今も菖蒲が咲くそうです。

 

桜は360本あるそう。

三階櫓の屋根の棟はT字型と珍しく

それぞれの棟の端には火除けのまじないの鯱が。

通常は1対ですが

3基のせてあるのも新発田城くらいのもの。

 

本丸への木橋が架かっていた表門も重文↓

新発田城址公園の入口となっていて

門から駐屯地の手前までが公園で

4月から11月が公開日とあります。

 

門の上部も見学可。冬季以外。

歩いてきた道は昔のお堀でした。

表門の東には復元された辰巳櫓↓

こちらも内部見学可能。冬季…もうええて

 

二の丸隅櫓、表門、辰巳櫓を1枚に収める↓

3つとも見学無料だなんて^^

 

新発田藩の下屋敷庭園が残ってるのですね^^

冬季…見学可^^

訪問したことにしたいので 強引か

スタンプ押して御城印と城カードを売店で購入^^

新潟にしかないサラダホープも。ネットでは買えるけど

1つしか買わなかったことを後悔^^;

 

新発田城址公園はこちら↓