ほぼ旅かなり旅ぜんぶ旅手帳

気になることだけを気にしてたところまで取り上げました

ここからはじまる世界の【ミキモト】真珠王の偉大な功績と海女漁を間近に!【真珠島】

志摩半島沿岸は

日本一海女の多い地域。

 

およそ800人が活躍するといいますが

お出かけしたからといって

そうタイミングよく

遭遇するわけでもありません。

 

でもここに行けば必ず会えます^^

養殖真珠の発祥地「ミキモト真珠島」。

 

こちらでは1日に数回

海女さんの仕事の様子を

ショーとして観覧できるのです。

 

この島で海女さんの

真珠母貝の管理があってこそ

真珠の養殖が成功したという

繋がりがあるためです。

 

入場料1500円は少し高めな気もしますが

海女さんと

真珠王・御木本幸吉に敬意を表して^^

 

すぐに始まりそうなので

やや急ぎ気味。

 

天候は薄曇り

水温も6度くらいだったか

アナウンスがありました。

 

常人なら

触りたくもないような温度。

 

観覧場所にスタンバイすると

ポンポンポンポン…

エンジン音のする船があらわれ…

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船上で水中眼鏡を濡らして

曇り止めをしている

白い「磯着いそぎ」姿の海女さんが2人。

 

お手をふりふり(こんにちは~)

こちらも全力でふりふり(こんにちはーー)

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するといきなり!

頭からしなやかにドボン!

 

海水の冷たさへのためらいなど

微塵も感じさせず潜ってしまわれた。

 

船頭さんはあちらで待機。

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こちらは

見ているだけでも寒いですよ…^^;

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潜っては顔を出し

貝や海藻など

採れたものを披露してマイ桶へ。

 

桶は流れて行かないよう

腰とロープでつながっています。

 

こちらはその都度拍手、届け!!!!

 

「50秒の勝負」といって

平均的な潜水時間だそう。

 

中には1分という海女さんもいるとかで

驚くばかり。

 

それにしても50秒って

漁をするには短そうだけど

潮の流れとか魚貝の様子とか

常に把握しているからこそ

漁場が読み取れるんでしょうねぇ。

 

お二人とも潜水を数回繰り返すと

休みを取るのか上を向いて

「ひゅーっひゅーっ」と

笛もないのに口から音が。

 

肺の負担を軽減するための動作で

「海女の磯笛」というもの。

 

陸地でやろうと思っても難しいけれど

作業の過程で自然と出せるのだそう。

 

どことなく哀調を帯びたその音色は

「残したい日本の音風景100選」の1つ。

 

なかなか見られない本物の海女さん

10分くらいでしたが

貴重な実演が拝見出来ました。

 

夫1人養えんようでは一人前の海女と言わん!

なんて話もあるようで

身を建ててらっしゃって頼もしいですね^^

 

ショーのあとは

観覧場所から島を半周したあたり

目立たないけど「御木本幸吉記念館」も

ぜひ見ておきたい。

 

かつて「相島おじま」と呼んだ真珠島は

母貝であるアコヤガイを研究し

世界初・真珠の養殖に成功した

御木本の偉業を伝えるところ。

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うどん屋「阿波幸あわこう」に生まれた少年は

もとより商売への関心が強かったようです。

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苦労しつつも社交性の豊かさは

影響力のある人たちとの出会いに

活かされているのではないかと感じます。

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様々な行商を経験して

資金を増やしつつ

高値が付く真珠に着目。

 

真珠の出ないアコヤガイなど

何の値打ちもないというのに

買い占めて出なければつくってみようと

愛妻・うめと試行錯誤の日々。

 

明治天皇との謁見もありました。

 

妻亡き後は

親族たちの協力を得て

ついに世界中の研究者たちが

誰も成し遂げられなかった

「真円真珠養殖法」を確立し

特許を得ています。

 

1906明治39年には

銀座4丁目の

「ミキモト本店」がオープン。

 

商品への妥協や値引きは一切しないことで

真珠の価値を保ち

高級感を定着させるには

様々なパフォーマンス。

 

1927昭和2年には

渋沢栄一の紹介により

自らが尊敬するエジソンを訪ねています。

 

エジソンは

自分にできなかったことは

ダイヤモンドと真珠であると

御木本の功績を称えるも

エジソンが発明界の月なら

自分は数多くの星の1つに過ぎない、と

即座に返答。

 

相手を敬い

自身は謙虚にという姿勢は

さすが商売人でしょう。

 

御木本自身の著書は無いため

周囲の人々の御木本への回想や

愛用品などにまつわるエピソードなど

ここでしか知ることができない

貴重な場所となっています。

 

縁起の良さも大切に

恵比寿様コレクション↓

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戦後の日本の復興

道路や学校の建設など

地域への社会貢献にも

協力、寄付を惜しまなかったという晩年。

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今も志摩市に残る住まいの名は「真寿閣」

真珠王だけに^^

 

和風なシャンデリアは

オリジナルでしょうか。

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ほんとに居室にお邪魔してるみたいで

こういうの楽しい^^

 

真珠をつくるために生涯を捧げた人でした。

 

さて

つづいては「真珠博物館」へ。

 

パリの真珠裁判で

天然と養殖の違いは全く見られない

…との鑑定結果を皮切りに

世界に認められることとなった

「ミキモトパール」。

 

御木本にとって

記念すべき第一回目となった

フィラデルフィア万国博覧会1876年では

「御木本五重塔」を出品。

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博覧会などへの出品には

かなり力を入れていたようで

世界に名を広める方法を

知り尽くしていたのかもしれません。

 

豪華な展示品の数々。

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真珠って地味かなぁ…と思ってたけど

落ち着いた美しさは名脇役というか

身に着ける人を

品よく見せてくれそうな気がしますね。

 

目の保養になりました^^

 

どんなときでも山高帽とマントに袴

貞明皇后ご下賜の「恩賜の杖」という装い。

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皇族には真珠を、と印象付け

内外に示したのも御木本の戦略でした。

 

ということで

三重が誇る世界の真珠王

御木本幸吉について

気になったことだけ記しておきました^^

 

ここからは

記事にしてなかった

「牡蠣小屋」画像をついでに。

 

鳥羽市内に

20軒ほどある牡蠣小屋は

2700円前後で食べ放題が楽しめます。

 

「かき太郎」というお店。

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この日は単品攻めにしてみました。

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ドライを頼まざるを得ない。

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いろんな味で…

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20個くらい食べました^^

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おしまい。