海のある京都、舞鶴市。
日本海側有数の港町は
東西二つの市街地を有しています。
西舞鶴は古くからの漁港と
江戸時代以前に築かれた田辺城の城下であり
舞鶴本来の中心地として栄えてきたところ。
いっぽうの東舞鶴は
日本海軍の根拠地である鎮守府が置かれた軍港であり
戦後は引き揚げ港の1つとして
旧満州や樺太などからの引揚者や遺骨を迎え入れてきた街で
のちに舞鶴市へ編入されています。
西舞鶴の田辺城は明治時代に取り壊され
城下町としては風情は少ないようで
舞鶴と言えば東舞鶴の旧軍港都市
…というイメージを抱くことのほうが多いのではないでしょうか。
1901明治34年
海軍鎮守府が置かれた東舞鶴の市街地は
街の通りの名前にも
敷島、三笠、朝日といった艦艇の名が付けられており
勇ましさに身も引き締まるようですが
交差する通りには
一条から九条などと都を思わせる名前がついていたり^^
また
造船所やトンネル、橋脚など
舞鶴のいたるところで見られるのが赤れんが。
日本が近代化を進めてゆくため
木造ではない赤れんがでの建造を進めた結果
明治から100年以上経た今
近代化遺産として多くの建造物が残されています。
とくに
舞鶴鎮守府が置かれたあたりは海軍倉庫が集中していたところで
当時の姿を保つ12棟の倉庫を含む一帯を「赤れんがパーク」として整備。
明治の雰囲気を感じることができる人気のエリアであり
「鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」
というくくりの日本遺産に認定されています。
その1つ「赤れんが博物館」。
魚雷庫として
1903明治36年に建設された
鉄骨の赤れんが倉庫は国の重文。
世界のレンガ建築物などを紹介する展示は
個人的にはあまり興味湧かず^^;外から見るだけでよかった
いくつかの赤れんが倉庫は
工房や多目的ホール、売店などへと生まれ変わっています。
これほどの倉庫が連なる景観は
どこか懐かしい雰囲気たっぷりで
のんびり歩くには良いところですね^^
赤れんがパークでは
戦後60年記念の「男たちの大和/YAMATO」(2005平成17年)
70年目は「日本のいちばん長い日」などなど映画の撮影も行われています。
さて
赤れんが博物館前の北吸きたすい赤れんが桟橋からは
戦後設立された海上自衛隊の
舞鶴基地で就役している艦艇が見学できる
「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船」が発着しています。
はきはきとお話しされる海自OBさんのご案内で
30分のクルーズです。
船上からで上手く撮れないけど…てかいつもだけど
まずは
多用途支援艦「ひうち」
艦番号は4301。
2008年に呉から舞鶴籍となっていて
曳航装置が付いているので大きな船を引っ張れる力持ち^^
こういった艦艇の色は近くで見れば
ただのグレーですが
離れて見てみると
空や海の保護色になっていて
米軍よりも若干黒っぽいグレーは
黒潮の色に寄せてあるとか。
海自最大の補給艦「ましゅう」艦番号425。
こちらも舞鶴のレギュラーで
海上で他の船への燃料補給などで活躍中。
建造費は430億円。
護衛艦「せんだい」艦番号232。
ミサイルとか魚雷とか載せてます。
次は
同じ型が並んだ姉妹艇のようですが
前のケータイの画質ときたら…文字が読めません^^;
マニアなら形から用途が分かるんだろうなぁ…
ミサイル艇「はやぶさ」艦番号824。
「はやぶさ」だけに
艦番号を823にしてほしかった^^;
94億円だそう。
最後はかっこいいの極み♡
イージス艦「あたご」艦番号177。
2007年就役で建造費は1475億円
海自初の護衛艦こんごう型(1993年~)から
さらに進化したイージスシステムとステルス艦化
全長も4m長くなって165m
ヘリの格納庫あり。
遊覧船のエンジン音で
ご案内の声を聞き取るのも難しかったですが
港内を1周して再び「ひうち」でおしまいとなりました。
停泊している船は日々異なり
この日は見ることができなかった
イージス艦「みょうこう」艦番号175。
前艦長は初の女性でしたね^^
「海上自衛隊北吸係留所」が
見学可能な日だったので
より間近に見ることができました。
他にも停泊していましたが
縦長の舞鶴基地は歩くのも大変で
すぐ挫折^^;
1度にたくさん見たいとか
詳しい解説などが聞きたいとか
歩きたくない場合は
遊覧船がおすすめです。