ほぼ旅かなり旅ぜんぶ旅手帳

気になることだけを気にしてたところまで取り上げました

【成相寺なりあいじ】に行く前に読む!「身代わり観音」のいわれと「パノラマ展望台」は絶景でした、か?

名勝・天橋立を眼下に臨む「成相寺」。

 

西国霊場の第28番札所として

信仰を集めるこのお寺は

標高569mの成相山(鼓が岳)の中腹に位置します。

 

天橋立付近の

いくつかの駐車場に車を止めて

お土産屋さんの並ぶ通りを歩きながら

ケーブルと登山バスで訪ねるのも

旅気分が盛り上がるのでしょうが

乗用車なら費用が4分の1で済むらしく

乗り物代をケチって抑えて訪問しました^^

 

「丹後国分寺跡」から

北へ延びる専用道路を利用すれば↓

 

「入山料」と称して通行料や駐車料、参拝料も含む

500円を支払うゲートがあります。

 

破風がある本堂は

1774安永3年からのもので

京都府文化財。

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元々は山の上にあったもので

成相山は山岳宗教の修験道の地であり

日本各地にある5つの「聖の住むところ」であったと。

 

ひじりというのが

よく分からなかったのですが

信仰普及のため諸国を回遊した高僧らしい。

 

高野聖とは言いますが

成相聖とか呼ぶのでしょうか???

 

「橋立真言宗大本山成相山」とあります↓

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ご本尊は秘仏・聖観世音菩薩。

 

地元のかたが教えてくださった

身代わり観音として知られる

ご本尊のいわれが

とても興味深かったので

記しておきます。

 

深い雪に閉ざされた寺で

1人の旅の僧が修行をしていた。

 

持ってきた食料は底をつき

村へ降りるには雪が深すぎる。

 

ひたすらに経を唱えていたものの

食べないままで日に日に力も落ちていき

経を読む声は次第にか細く途切れ途切れに。

 

春は近いが

いよいよ死を待つばかりかと

旅の僧は

最後の望みに本堂の観音様に手を合わせた。

 

「南無観世音菩薩。

観音様のお名前をただ1度唱えただけでも

いろいろと願いを叶えてくださるとか。

長い年月、観音様を拝んでおりますのに

その観音様の前で私は死を迎えようとしています。

地位やお金が欲しいのではないのです。

ただ食べ物を…1日の命を繋ぐ食べ物を

…どうかお恵みください…!!」

 

祈りを終えて本堂の隅の隙間に目をやると

変わらない外の雪景色の中に

何かが横たわっているのが見えている。

 

ふと気になって

よろよろと外に出てみると

狼に殺されたであろう鹿だった。

 

何も食べるものが無いところへ

思いも寄らない鹿を目の前に

『これは観音様からの授かりものだろうか?

しかし仏の道に勤める者が獣の肉を食べるなどとは…

教えを破れば三悪道(餓鬼、地獄、畜生)に落ちると聞く。

たとえ飢え死にしようと

どうして獣の肉など食べることができよう!』

 

1度は思いとどまるも

目の前の鹿の肉を見ると我慢がならない。

 

長い葛藤の末

『もうどうなっても構わない。

死んでからどんな罰を受けようとも

飢えに苦しみながら死ぬよりは

今食べたほうがましだ!』

 

僧は鹿の左右の腿の肉を切り

鍋に入れて煮た。

 

そしてガツガツとその肉を食べた。

 

その味は

今までに食べたどんなご馳走よりも

素晴らしいものだった。

 

しかし

食べ終えたとたん我に返り

声をあげて泣いた。

 

仏の道に背いたことが悲しかったのだ。

 

あくる日

僧は寺のほうに近づいてくる足音に気付いた。

 

「寺に籠って修行をしておられるお坊様は

どうしておられるだろう。」

「雪に閉じ込められて

食べ物も無くなっているのではないか。」

そんな会話も聞こえてくる。

 

身を案じてくれている人に

有難い気持ちが湧き上がるも

すぐさま鹿の肉のことが頭をよぎった。

 

鹿を煮た鍋を隠さねばならない

鍋には食べ残した肉が入ったままなのだ。

 

見られてしまえば

村人たちはどう思うだろう…

修行僧が鹿の肉を食べていた

などと言いふらすだろうか

そんなことになってしまえば一生の恥だ

しかしどこへ隠せばよいのだろう

隠す場所さえどこにもない…

 

答えが見つからず

本堂の中をうろうろしていると

村人が本堂の扉を開けたのだ。

 

「おお、御無事で何より。」

「大変だったでしょう。」

そんなことを言いながら本堂の中を見回すと

1人が鍋を見つけてしまった。

 

鍋の蓋まで開けられてしまい

「これは!!」と驚く声に皆で見てみると

なんと

鍋の中には細かく切り刻んだ木くずが入っていた。

 

「このようなものを…おいたわしい…」

すると今度はもう1人が

「ああ!」と大声を発し

指さした先を見てみると

本堂の観音様の左右の腿が削られている。

 

僧は

鹿が観音様の化身であったことを悟り

村人にすべてのことを話した。

 

そうして

観音様が命を助けてくださったことを感謝し

元の姿に戻ってほしいと

木くずを集め観音様の腿に合わせると

不思議なことに観音様は元通りに。

 

以来この観音様は

成相観音と呼ばれるようになった。

 

成り合うという意味は

元通りになる、とか形が整う

願いが叶うという意味である。

 

また

僧の命を救った身代わり観音と語られるように。

 

慈悲深いお顔立ちの美人観音としても知られ

参れば身も心も美しくなれるという。

 

死の極限から

積み上げてきたものを捨て

激しい後悔に苛まれるも

食べたと思った肉は

観音様が身代わりになって

与えてくれた体と命であったということと

観音様の存在さえ

疑問に感じていたであろうも

信じる者が救われたことに

ホッとするとともに

心に沁みるものがありました。

 

このお話を

知らないまま参拝していたら

ただの時間潰しに

終わっていたかもしれません。

 

知ったうえで参拝すれば

ありがたみが感じられるような

なにか得をしたような

そんな気がするのです。

 

良いお話が聞けました^^

 

本堂内には

左甚五郎の作と言われる「真向きの龍」。

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どこから見ても目が合うかのような姿は

あまり残されておらず珍しいとのこと。

 

本堂前の「一願一言ひとこと地蔵」

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どのようなことも一言でお願いすれば

叶えてくださるそうで

ポックリ往生にも霊験あらたかとか^^

 

参道の途中には

白木が苔色に染まりつつある鐘楼

「撞かずの鐘」があります。

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鐘を鋳造する際

赤ん坊が落ちてしまい

そのまま完成した鐘は

鳴らすと赤ん坊の泣き声のように聞こえるため

撞くことをやめたといいます…

 

せっかくなので

専用道路に含まれる「パノラマ展望所」まで

ドライブしました。

 

天橋立が端から端まで見渡せますね^^

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晴れてたら絶景のはず!!

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自然の力で砂が海の上で一直線になり

松の緑も美しい天橋立。

 

対岸は

知恵の文殊で知られる知恩寺のある「文殊」。

 

天橋立は

宮城県の松島

広島県の安芸の宮島と共に日本三景です。